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2015.04.20  「フランス人は10着しか服を持たない」か? @東京成徳大学経営学部HP

「フランス人は10着しか服を持たない」か?

すこし前に『フランス人は10着しか服を持たない』という本が評判になりました。以来よく「ほんとうですか?」と聞かれます。

じっさいには、ほんとうに10着しか服を持たない人は、さすがにあまりいません。ですが、たしかに、世界的に「おしゃれ」と評判の高いパリジェンヌ(パリに住む女子)も、 たとえば同世代の日本の女子と比べると、持っている服や小物はずっと少ないのです。それで、なぜ、「おしゃれ」か?

大きく二つの理由があります。ひとつは、「試着」です。パリで服を買いにいくと、試着室の前に行列ができています。大量の服を持った人たちが試着室に入り、が、出てくるときには、そのなかの1着だけを残して、ほかはすべて店員さんに返してしまいます。1着も残さないこともよくあります。「試着に試着を重ね、自分の体型、髪や目、肌の色を引き立てるものしか、買わない」のです。

もうひとつは、「割り切り」です。試着に試着を重ねて選んだ服や小物は、とうぜんその人によく似合っていますが、その似合った格好を、堂々と、繰り返します。「似合っていれ ば、(ある程度)いつも同じでも、構わない」と割り切るのです。似合った格好を繰り返す ほうが、それほど似合わない、違う格好をしているよりかっこいいという考えで(自分にとっても、周りの人にとってもいちばんメリットが大きいから)、そこからぶれることはあまりないのです。

材料が多ければ多いほどいいというわけでないのは、パリジェンヌのおしゃれに限りません。エルメスの調香師の書いた、香水づくりについての本を翻訳したことがあります。 もっとも印象に残ったのが、つぎのことでした。調香師としてのキャリアを重ねれば重ねるほど、材料に使う香料の種類(数)が少なくなったのです。その厳選された香料の組み合わせで、調香師は歴史に残る名香を創りました。

小説や映画でも、すぐれた作家ほど、新しいことや自分のよく知らないことについて好奇心旺盛であるいっぽう、それを取り入れるときには、とても慎重です。新しいものに関心を持たないわけではなく、新しいものが出てきたら、試しては、みるのです。パリジェンヌが「ちょっと、いいな」と思った服をぜんぶ試着してみるのと同じ。しかしそれを自分が使いこなせるかどうかは、別の判断です。限られた材料を使いこなして、だれも到達できないところにまでたどり着く。この使いこなす感じを喚起力高く表すのが「自家薬籠(じかやくろうちゅう)のもの」という日本語の表現です。

資源(自分が使いこなせる服や香料)を厳選して集め、決めた方針に沿って(割り切って)管理し、最大の効果を上げるように営む。パリジェンヌのおしゃれもエルメスの香水も、グローバルに強いブランドを支えるのは、「経営(マネジメント)」の力です。

東京成徳大学経営学部HPより

 

芳野 まい(よしの まい)

特任准教授

専門分野/文学、映画のなかのファッション、ヘアメイクの 研究。フランス語・フランス文化研究。

フランス20世紀初頭の作家マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』を読み、フランス語とフランス文化の研究を志しました。東京大学教養学部教養学科フランス科卒。フラ ンス政府給費留学生として渡仏。NHKラジオ講座「まいにちフランス語」、「ファッションをひもとき、時を読む」講師。主 訳書に『香水 ― 香りの秘密と調香師の技』(白水社 文庫クセジュ)。