掲載『マンガHONZ』
高卒、居酒屋、女の一人暮らし、鉄の意思だけで夢を手に入れる物語『プリンセスメゾン』 レビュー
「欲」をどうハンドリングするか?
人のアクションは、これに尽きる。
とくに鋭く出るのが、「住むところ」を売ったり買ったりするときだと思う。
怖い?「家を買う」
フランスに「ヴィアジェ」という不動産売買システムがある。
家やアパルトマンを持っている高齢者が、「自分が死ぬまでそこに住み続ける」という条件で、格安で不動産を売りに出す。売買契約が成立すると、買主は売主 にまずまとまった金を支払い、それから毎月、定額を支払う。売主にとってのメリットは、生きているあいだの住まいを確保でき、老後のためにまとまったお金 が入り、さらに月々決まった収入ができる、ということだ。
買主にとっては、格安で不動産が手に入ることがメリット。が、どれくらい「格安」になるかは、「売主がいつ亡くなるか」による。こんな話もある。フランス で最年長だった女性が122歳で亡くなった。この女性は90歳のとき、ヴィアジェのシステムでアパルトマンを売る。が、途中買主の方が(普通の寿命で)先 に亡くなってしまい、買主の奥さんが、女性が亡くなるまで月々の支払いを続けた。
「売主がなるべく早く亡くなることが、買主の得」ということがあまりにはっきりするから、日本では受け入れられ難いと思うけれど、買主は承知でリスクをと るのだから、フェアではある。人の欲から目を背けない潔いシステムという気もする。英雄ド・ゴール大統領もこのシステムで不動産を購入したそうだ。
「家を買う」マンガ
きくからにドラマが生まれそうなシステム。フランスではその名も「ヴィアジェ!」という映画もできた(1972年)*。ヴィアジェのない日本で、住まいの売買を通して「欲」を描くのが、一見おだやかなこのマンガ。『プリンセスメゾン』**
「欲」を捨てず、振り回されず、上手にハンドリングするのに必要なのは、「鉄の心」。
夢を「手に入れる」までは「手に入れるもの」と「手放すもの」のあいだで、手に入れた後は、「手に入れているもの」と「手放しているもの」のあいだで、折り合いをつけていく。欲をハンドリングする鉄の心は、どのステージでも必要だ。このマンガはそこをきっちり描いている。
人の「欲」の生み出す陰と陽、その両方を、描く。
夢の持ち家を手に入れる「だけ」の漫画なら、もっとずっと面白くなくもなりそうなのに。池辺葵、さすが。それぞれの登場人物の住まいが丁寧に描かれるのをみるのも、楽しい。
*「ヴィアジェ!」 いまにも死にそうな患者を診察した医者が、チャンス!とその患者の持ち家を自分の家族にヴィアジェで売却させるが、思いがけず患者はどんどん元気になり...支払いの負担はかさみ...ついに医者の家族は(元)患者を...というストーリー。
**『プリンセスメゾン』 やわらかスピリッツ×モチイエ女子project presents、『繕い裁つ人』の池辺葵作。高校卒業後居酒屋に勤めて8年、質素なアパートに住みながら、モデルルーム見学の常連となり、持ち家獲得に突き進む主人公と、不動産会社の営業や受付女子など周りの人たちとその家々の物語。(月1回更新、無料!)