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2004.09  interview パリに生きる @MON PARIS

2004.09 interview パリに生きる

「パリのエネルギー源は人間関係」 
 自分と相手、個対個

2004.09

芳野まい(よしの まい)
東京大学教養学部卒。現在東京大学大学院 地域文化研究博士課程在籍。
95年ロータリークラブ 奨学生として在仏1年。
その後、フランス政府給費奨学生として再来仏、ソルボンヌ大学フランス文学科博士課程にてプルーストの研究に打ち込む。在仏6年。

20世紀フランス文学の傑作 プルースト著の『失われた時を求めて』という作品の存在を知らない方は少ないと思いま すが、それを読みきった人もまた少ないはずです。それほど、長編で難解なことで有名でありながら、日本人のフランス文学者の間では、プルーストの研究者が 意外にも多いのです。さて、その魅力とはいったい・・・?
若くしてプルーストに魅せらてしまった在仏6年の芳野まいさんに、パリでの研究生活をお聞きしました 。

■ Interview

「まずは、プルーストとの出会い、なぜプルーストを研究するようになったのかをお聞かせください。」

 出会いは中学時代でした。大学までエスカレーター式の女子校に入って、とくにやりたいことも見つからず、図書館の本を片っ端から、それもなるべく長くて 読むのに時間がかかりそうなものを選んで読んでいました。そうして行き着いたのがプルーストの『失われた時を求めて』。もちろん意味はほとんどわからな かったのですが、なにか自分のからだのなかみを動かすようなものがありました。なんだかわかりにくいのは翻訳のせいかも(笑)、この本を原語で読みたい、 あらでも今の学校のまま上に進むと仏文科がない、ということで、大学受験をするに至りました。
  べつにりっぱな考えがあったわけではなくただ本能にしたがってプルーストを追いかけてみたわけですけれども、そのことは、ほかのたくさんの出会いをもたら してくれました。絵画や音楽や、他の作家や。でもいちばんは、月並みですけど、自分との出会いかもしれません。研究とは別のところでただ生きていくなかで 発見するさまざまなことが、プルーストを読み返すと、彼でしかできない繊細でダイナミックな方法でことばにされているのに気がつきます。それを読むと、も ちろんこんなふうにはできないけれどでも私が私なりのことばにするには、どういう方法があり得るだろうということを、考えざるを得ない、つまり自分と本当 に向き合わざるを得なくなります。これは贅沢なことですよね。

フランソワミッテラン図書館前にて

「芳野さんのパリの生活について教えてください。」

 映画や演劇やコンサートなど、東京にくらべると、値段の上でも選択肢の上でも、ずっと恵まれた状況でみることができるので、その機会はぞんぶんに活用しました。
 日本にいたときから、通訳の仕事などを通して、大学だけではないさまざまな環境に自分を置いてみるのが楽しかったです。人見知りの克服というのが当初の 目的だったのですが、いろんな世界や人との出会いを通して、自分が社会でなにをしてどんなかたちで関わっていきたいのかということが、ほんとうに少しずつ わかってきました。それであとから、「だからあんなに働きたかったんだ」ということが判りました。
  お能や狂言など伝統的な芸術に、外国で、しかも通訳というすこし内に入ったかたちでもう一度出会うことができたのも、恵まれていました。


図書館の案内をしてくれる芳野さん

「 1900年頃の文化、流行を描いたプルーストを研究するのに、パリの環境はなくてはならないものなのでしょうね。その他、研究とは具体的などんなことをなさっているのですか?」

 始め2~3年は単位取得のため大学のゼミに通いました。現在はもっぱら図書館で調べ物をして、家で論文を書いています。
調べものというのは、1913年ごろ数年のパリの文化事情(ロシア・バレエの流行、社交ダンスの流行、服飾の流行、が三つの柱です)を当時の新聞や演劇 誌、女性誌などをで調べています。なんというか、早送りで同じ時間を生きているような感覚があって、代え難い快感です。
  パリの国立フランソワミッテラン図書館の研究者用の地階を利用するには、何の目的でどんな研究をしているのかというインタビューを受けて研究者カードを取得します。

Bibliotheque national de France(フランス国立図書館) http://www.bnf.fr/

 
「 好きな研究ができて、見たいものが思う存分見られて、本当に楽しそうですが、パリに来て自分が変ったと思われることはありますか?」

 はじめて外国に住んで、初めはすごく不自由でした。けっきょくいちばん大きいのは、ことばの問題だったと思います。フランス語があまりできないという技 術的(?)なことだけではなくて、自分にとって、歴史のほとんどない薄ぺらなことばで感情や考えを伝えていかなければならないというのが、ものすごく苦痛 でした。
 日に三度の食べる行為を指すことばはフランス語では「repas」ですけれど、日本語では「ごはん」と言います。この「ごはん」ということばは同時に炊 いたお米も意味するので、日本で日本語で育った人間が「ごはん」というときには、意識してなくてもお米のイメージがきっと頭のどこかに浮かぶんだと思いま す。その「ごはん」のつもりでrepasということばを使って会話をして成り立つコミュニケーションというのは、いったい何が伝わっているんだろう、とい うようなことです。
考えてみればごく当たり前のことで、同じ国で同じ言語で育った人間でも、日常使うことばの背負う歴史やニュアンスは人によってずいぶん違うわけで、きっと そのことが、ことばを使うコミュニケーションの難しさやまあおもしろさであるに違いなく、文学の永遠のテーマであったりもするわけですけれども。
 別の例でいえば、ホームに入ってくる電車をみて、Le train arriveというのと「電車が来た」というときの自分は、世界をやっぱりちがう風にとらえています。

  ことばというのを私はこんな風に考えています。
世界が地球のような三次元だとすると、ことばはそれをどうにか平面であらわそうとする地図のようなもので、メルカトル図法でもモルワイデ図法でも、どうし てもどこかに無理があったり正確さを欠くようなものしかできないわけです。でもずっと一つの地図ばかりみていると、世界というのはそういう平面的なもので しかないというように思い始めます。ところが母国語とは違うことばを学ぶことは、別の図法の地図の見方をならうことになるわけです。そこから得られる一番 のことは、もひとつ新しい図法の見方を学んだということではおそらくなくて、二つの図法の違いを通して、世界とは実は地図ではとても表しきれないような次 元のものなんだということに、何度でも気がつくことだと思います。
そういうことを長い時間をかけてだんだんと、頭ではなく身体で、もうやむを得ない感じでわかっていくことができたのが、留学生活のいちばんの成果だと思います。
パリ13区 
MK2シネマのオープンカフェでインタビュー


 

「プルーストが、常に『私』を主人公に作品を書いていたように、芳野さんも、常に『自分』を見つめて一歩一歩進んでこられたようにお見受けします。現在の論文を仕上げた後のステップはどのようにお考えですか?」

論文を書き上げたら、日本に戻って大学の先生になりたいと思っています。
それからそれとは別に、この留学生活を通して自分のなかで動いたものを、すこしずつ消化して自分なりのかたちで出していきたいと思っています。どんなかたちかはまだわかりませんけれども。


明るくてチャーミングでパワフル!研究者という固定観念を払拭する個性豊かな芳野さん。
この日もインタビューを終えた後、パソコンと資料がぎっしり詰まったリュックを背負って図書館の研究者専用地下室へと、向かわれました。きっと彼女にとっては、秘密の花園のようなところなのでしょうね。


これが研究者カード